プロジェクトの出発点

四年ほど前でしょうか、大友克洋監督と共に、フランスのアヌシー国際アニメーション映画祭に参加する機会がありました。短編アニメーションを主軸とする映画祭でして、滞在中、数多くの海外の短編アニメーションに触れることとなりまして、大友監督より「俺等もこういう場に本格的にチャレンジしてもよいのでは」というお話もあり、帰国後、企画としての成立を模索し始めました。大友克洋氏の創作の幅はとても広いのですが、その一面として確かに一流の短編作家とも言える面がありますので、当初よりこれはすごいものが出来るという確信のもとに企画を立ち上げることとなりました。

「SHORT PEACE」というタイトルと日本というテーマ

オムニバスプロジェクトというところから、大友氏の初期漫画短編集「ショート・ピース」より拝借する形で「SHORT PEACE」というプロジェクト名に落ち着きました。今日本をテーマとし、作品として世に送り出すにあたり、深く考える余地のあるタイトルであると思っています。

日本という統一テーマはプロジェクトの出発点ではなく、構成をプランニングしている流れの中で出てきました。当初はそれぞれのクリエイターの作家性を売りに構成しようとの考えもあったのですが、プロジェクトの規模が段々と大きくなり、より多くの方に見ていただくことを意図しての展開を考えると強い統一テーマが必要だという考えに至りました。

「火要鎮」と「九十九」の企画が進み始めていた時期でもありまして、必然的に「日本」となった感じです。大友監督もおっしゃっていることですが、自分達はずっと日本だし、日本人だし、日本をテーマとすることは自然であり、特別身構える必要もないというところです。日本が面白そうだから日本がテーマなのです。

「火要鎮」

大友監督は以前より日本の古典、芸能、文化に造詣が深く、この機会に本格的な江戸ものをやりたいとのお話となり、江戸でのスペクタクルといえば火事であろうということで本作の骨子に繋がっております。

音楽はぞめきと呼ばれる阿波踊りのお祭りの音楽です。今回お願いした久保田麻琴さんは近年このような民族音楽のアレンジングを行なっていて、そのCDを大友監督が大好きで聞き込んでいたことから今回のオファーにつながりました。

取材と資料探索には苦労しました。本物を作るというコンセプトで制作した作品ですので、そこにとことんこだわりを持たざるを得ず、しかも江戸の文化は奥が深いので調べれば調べるほどさらに情報が必要になり、限がありませんでした。立場や身分による髪型や着物の着かた等、風体の違い、夜の明るさ暗さ、想像をして描くのではなく、すべて実際にどうであったのかを調べるということを行ないました。書籍探しは当然のこと、東京中の各種博物館、資料館等を取材して回ったり、江戸時代の髪型や火消し文化に関してはそれぞれの専門家の方に取材も行ないました。結果として、江戸人と自分達との感覚の違い、時代の距離感を実感として強く感ることができる作品になったと思います。虚構の江戸ではなく、江戸は実際にはこのようであったであろうところの空気感を可能な限り再現することに勤めました。そこに新鮮味を感じてもらえればうれしいです。

作品の表現の軸として、日本の先人が長い年月をかけ生み出し、現代に古典として残っている強度のある表現の、そのよさを存分に引き出すことを意識し、それらが現在のアニメーション技術と融合し、そのシナジーからある種の新しいリアリティや面白さを生み出すであろうと考えました。

日本画のテイストで表現していることから決してリアリティのある画ではないのですが、それを逆手にとって、確固とした実在感を感じられる人物や背景の表現になることを追求しました。具体的に参考にしたものや影響を受けている古典作品の主なところでは、「伴大納言絵巻」の煙や火の表現。小村雪岱や上村松園による日本画の人物や着物の柄の表現。これらをアニメーションの表現に落とし込んだ上で再現するのには非常な苦労と技術が必要でした。また、作劇上のモチーフとなっている古典としましては。伊勢物語等にある「筒井筒」。歌舞伎や文楽の「八百屋お七」。落語の「火事息子」等、多岐に渡ります。

前半は江戸の日常を丹念に描き、後半は大火事のスペクタクルとなる、静から動への二重構造で構成しています。作劇上、尺が短いことがマイナスにならず、逆に短編であることの良さを際立たせるために大友監督がとった方法論です。大友監督曰く、もし本作が長編であったのであれば、ここまで特化した映像表現もストーリーテイリングも出来なかったであろうとのことです。

本作において、3DCGは火消しの群集シーンで主に使っていますが、大部分は手で描く事による表現と言ってよいと思います。ディテールをつめるにはCGは有効ですが、やはり日本のアニメーション技術においては手で描き極める方の仕上がりが勝っているというのがよい意味でも悪い意味でも現状かもしれません。

また、このようにCGを大胆に取り入れながらも、メインの部分は作画で制作しておりますので、作画とCGの混在を違和感無く表現することを心がけました。面白いところでは、女性の髪形は結構CGなんです。作画のキャラクターがCGのかつらをかぶっている感じです。

アメリカのウォルトディズニースタジオを大友監督と共に来訪し、「火要鎮」の上映会や懇談会を行なったのですが、その際に向こうのクリエイターから「着物や刺青の柄はどのような技術を使ってあんな風に表現出来たのだ。」という質問があり、「全部一枚づつ手作業でやった。」と話をしたら、クレイジーだと驚かれました。どちらが効率的であったかはわかりませんが、表現できた結果から考えれば正解であったと思います。もしかしたら、このあたりのあくまで手作業からものづくりを発想してしまう癖が日本の強みなのかも知れません。

 

「九十九」

森田修平監督とは「FREEDOM」の際に監督をお願いしてからのお付き合いです。その後もスタジオの中核として数々の作品で活躍していただきました。
今回の監督の中では一番若手です。年齢的には大友監督とはちょうど二回り違います。安藤監督がその真ん中でたしか三人とも干支が一緒です。そういう意味は本プロジェクトの幅の広さに繋がっています。

岸啓介さんとは、森田監督の今回とは他の企画でデザイナーとしてお誘いしたのが始まりです。素晴らしい造形に自分もほれ込んでいまして、今回はストーリー作りから関わっていただきました。物が心を持つというテーマをお題として三本ほどまったく違うストーリーを作っていただきまして、結果、このお話にしようとなったのが「九十九」です。

この作品においては、自分の立場からは、テーマ明確にし、強いメッセージを押し出すことを強く意識しました。

「GAMBO」

安藤裕章監督は、もともとコンピューターのマシンやソフトの営業マンで、スタジオ4℃に売り込みに来て、そのまま、「彼女の思い出」のCG監督にされてしまったという経歴の方です。その後、「スチームボーイ」のCG監督もまかされ、「鉄コン筋クリート」や「FREEDOM」の時には演出として活躍しました。その後お願いしたOVA作品「ノラゲキ!」からは監督をお願いしています。

石井克人氏から企画書をお見せいただいた時にはまず、何だこれはと思いました。
あまりにもぶっ飛んでいて、これはこのプロジェクトで作るべき作品なのかどうか少し考え込みました。数日後、大友さんの意見も聞こうと思い、お見せしたら「これ面白いじゃん」という反応をもらったので、覚悟を決めてGOさせました。

その後、大友さんからこの間の石井さんの企画、キャラクターを頼んだらどうだという人がいるんだけど、という話があり、それが貞本義行氏でした。それは面白くなるんではないかと思い、いいですねと言ったら、じゃあ話するわ、とその場で携帯から貞本氏に電話して、「ちょっとさ、仕事たのんでもいいかな・・」という感じでチームが成り立っていきました。

「武器よさらば」

今回のプロジェクトが始まるもっと前の話なのですが、カトキハジメ監督は「武器よさらば」の原作に長年入れ込んでいまして、大友氏との会食があった際に、「武器よさらば」の映像化の話題となり、大友氏がその場で、「カトキさんがやれば?」となったのが今回の映像化の出発点です。

その後「SHORT PEACE」の一作品として具体化してきたのですが、プロジェクトのテーマが日本ということであり、どうしようかとなったのですが、「舞台を未来の東京にしてさ、富士山噴火して灰がいっぱい積もっちゃってさ・・」というアイデアを出したのは大友氏です。

本作において重要と考えていたものとして、カトキ監督によるメカニカルデザインやアクションの殺陣の他にキャラクターのデザインでした。具体的には、大友作品という見え方に寄せるか、もっと別のベクトルを取り入れるかというあたりのバランスです。当然、大友氏やカトキ監督にも相談したのですが、最終的に田中達之氏という線を推薦してくれたのは、森本晃司さんでした。結果的にも正解を得たという感じです。田中達之さんがキャラクターデザインとしての描いた方向性は大友克洋本人を越えるほどの大友克洋らしさを目指した、という風に自分は受け取っています。

「オープニングアニメーション」

オープニングの映像はディレクションのみならず作画から背景までほとんど森本晃司監督によって作られています。とことん純正森本ワールドを作っていただいたという感じです。短い映像ですが、繊細な作りで、いろんなメタファーが盛り込まれています。

メッセージとして

プロジェクト全体を通して、自分の立場から、プロデュースにあたり意識した事は、やはりエンターテイメント作品、娯楽作品であるということです。本作の題材や映像表現はともすれば芸術作の濃度が強くなり勝ちであったのですが、そこに落ちいらず、もっと純粋にお客さんに楽しんでもらうということです。

日本、海外、年代問わず、あらゆる人に観ていただいて、楽しんで欲しいです。30年前に漫画「武器よさらば」に遭遇した昔からの大友ファン、若いアニメファン、普段アニメーションには触れる機会は少ないけれどなんとなく興味を持っている人達や、最近アニメも映画もなんとなく観なくなったという人達。本作のキャッチコピーに「「アニメ」を失った大人たちへ」とあるように、テイストとして過去とのつながりも持っている作品でありますが、今の若いお客さんにも当然楽しんで欲しいです。

この作品は今だけの作品でなく、漫画やアニメーション表現という意味でも、日本の文化の流れという意味でも、過去のすばらしいものに繋がり、そして多くの意味でこの先の未来にも繋がる作品であろうと思っています。

(サンライズプロデューサー 土屋康昌)