『SHORT PEACE』
2013.7.20(SAT) ROADSHOW
INTERVIEW
大友克洋|森田修平|安藤裕章|カトキハジメ
様式美と細部にこだわった“静”と“動”の対比を楽しんで下さい。 — 大友克洋
アヌシー国際アニメーション映画祭で短編アニメーションをいっぱい観て、自分たちも作ってみたいと思ったのが始まりです。そのとき海外事情に詳しい方から「フェスティバルに出すなら日本的なものがいい」と聞いたので、「江戸もの」に決めました。以前に漫画で描いた「火要鎮」は博打や刃傷沙汰などドロドロした長屋話で画になりにくいので、前半は絵巻物風の「静」の世界、後半は派手な火事とアクションの「動」をピークにもってきて、「江戸の火消しの話」をちゃんと描こうと思いました。
ただしアニメーションで江戸をリアルに描くのは難しいんです。もちろん当時の資料を集めたり江戸東京博物館に行ったりしましたが、調べれば調べるほど次々に出てくるわけです。江戸の髪型を研究されている方にも話をうかがいましたが、年代ごとに変わっているので「どの時代ですか?」なんて聞かれるわけです。学者やドラマで時代考証をしているような専門家にはかなわないし、正確にしすぎると逆に不思議なものにも見えかねないので、リアリズムよりは昔の絵巻物の様式美っぽい感じを目標にしました。平行パースにしたり吹抜屋台の手法を使ったり、フレームの上下を切って横長のスコープサイズにしたのも、絵巻物風にするためですね。
火事のスペクタクル表現については「伴大納言絵巻」の中に応天門の火災を描いたすごくうまい絵があって、その煙の表現の仕方や炎のフォルムをスタッフに見せて「これを動かそうよ」と提案しました。最後の爆発だけは透過光を入れてますが、炎の基本は塗りだけでいくなど絵巻物風を重視して、『大砲の街』(MEMORIES)のときと同様に小原秀一さんにエフェクト的な表現を工夫してもらっています。
自分はシナリオなしで絵コンテを描き始め、ほぼ全カットのレイアウトと背景原図を担当して、ひたすら瓦を描いてましたね。レイアウトはフレームとレンズの選定に相当しますから、いつも自分で決めるようにしています。ただ最初の江戸の街を描くのは大変でした。絵巻物風の一枚絵の中でカメラが寄ってズームする感じを出そうと、だんだん家を大きく描いていき、最後は大店(おおだな)の裏庭まで行く。ジワジワ寄るのを絵で描いたほうが不思議な感じがして面白いんじゃないかなと。
便利なツールとしてのCGも使っています。着物の柄と刺青は、筆で描いたテクスチャを手作業で1枚ずつ作画に貼りこんだものです。手間はかかりますが、構図も限られているので可能なレベルです。人物の一部も3DCGで、冒頭の子どもは長回しで小さい被写体が大量に芝居するので、作画では難しいと判断してCGにしました。火消しのモブ(群衆)もCGですが、モーションが手づけで「走り」が難しいので、スタッフや自分達で長い棒を持って走って、それをビデオで撮って参考にしました。そもそも江戸時代は侍や飛脚以外は走らないし、走っても手は振らなかったそうですね。
日本髪も作画の上からカツラのようにCGをかぶせたものです。髪型を立体的な形を保ったまま回転させるのは作画だとものすごく難しいことなので。「生え際で髪がほつれているCGが見たいな」などと無茶を言って試行錯誤してもらいましたが、最終的には照明を落としたので全然見えていないですね(笑)。結局、江戸をアニメーションで描くのが大変なのは、こうしたディテールが原因です。着物を作画するにもまずシルエットが難しく、帯の結び方から何から、なかなかうまく描けない。歩いたり座ったり立ち居ふるまいも下手に描くと浴衣みたいに見えてしまうので、制作の女性に晴れ着を持ってきてもらい、みんなでビデオ撮ったり写生会みたいなこともしました。
そんな風に様式美と細部にこだわった作品ですので、ぜひとも映画館に来ていただければ幸いです。今後も実写、アニメーションなどいろいろな企画が動いていますので、楽しみにしていてください。
「もの」の実在感を表現するCGにこだわりました — 森田修平
「ものに魂が宿る」というテーマは非常に日本的な考え方です。以前からそんなテーマにこだわって企画を動かしていて、造形作家の岸啓介さんの絵本の雰囲気にも注目していました。「日本むかしばなし」みたいな作品へのあこがれもあったので、立体の得意な岸さんに妖怪ネタのプロットやイメージイラストをいくつかお願いし、そこからシンプルなストーリーを組み立てていきました。妖怪というと戦うとか逃げるとか、どうしてもそんなお話になりがちです。でも、それとは違った角度で考えるうちに、また別の「妖怪らしさ」にピピッと来た瞬間があったんです。それからは、画も自然に浮かんできました。
「付喪神(つくもがみ)」とは時が経過した「もの」に何かが宿った存在で、「九十九」は百の一歩手前の「長い」「多い」という意味です。なので「もの」の表現としては「実在感」に挑戦したいなと。着物や物体の質感や立体感を意識しつつ、同時に絵としての主線も活かして柄も入りというテイストで、“チン”とか“ガチャコチョ”とか“コトコトコト”って音がしそうな感じがキャラクターに出れば面白いだろうなと。最後に出てくる妖怪もそんな「もの」の固まりで、かなり複雑そうに見えますが、僕たちのやり方だと比較的簡単にできてしまうんです(笑)。20種類くらいのものを貼りつけてますが、3DCGだとレイアウトと角度を変えれば違う風に見えるので、非常に好きですね。
和風の色は意図したというよりは、柄を重視した結果です。デザイナーに柄を依頼して着彩して貼りこむ方法は、ものすごくお金がかかるんですよ(笑)。たまたまうちには小さい子どもがいるので、買ってあった千代紙を見て「これだ!」と。肌は肌色、紺色のものは紺色となるべく加工せずに使える色で人形にも使われている伝統の柄の千代紙を選び、予算ギリギリまでそろえました。もともと日本の赤や緑を美しい色だと思っていますし、それを貼りこんだ結果、自然と配色も和風になったわけです。そしたら、男の顔にいつの間にか「ほくろ」があるんですよ。デザインにもモデルにもないので不思議に思っていたら、千代紙の汚れをたまたまひろったのが、実にいいところに出ていたので「これ消すんじゃねー!」と(笑)。そんな偶然性も面白かったです。
実制作はデビュー作の『カクレンボ』に近い少人数で、自分とキャラクターデザインの桟敷大祐と、CGI監督の坂本隆輔と『FREEDOM』のCGI監督だった佐藤広大の4人がほぼメインスタッフです。あとは匂いの部分などエフェクト系の作画を堀内博之さん一人、それに美術の中村豪希さんと岸さんと、本当にミニマムでした。自分は若手なので意気込み重視です。物量が多いから厳しい部分もありつつ、少人数なりに臨機応変に対応して楽しくやっていました。音に関しても、山寺宏一さんには1分近い長いアクビを、うまくリズム合わせつつ演じていただきましたし、音楽の北里玲二さんとサウンドデザインの笠松広司さんも長年のお付き合いですが、ホントに意気投合という感じで、自分がこだわっている音楽でもSEでもない音を、実にうまく表現してくれて、実在感がぐっと上がりました。
英題の『POSSESSIONS』が「占有する」「憑りつく」という意味で、いい感じですし、セリフに頼らずとも伝わる要素が多いせいか、海外の映画祭でも良い反応をいただいています。ちょっとこそばゆい位置にいる妖怪にしましたので、5回、10回と繰りかえし観返してもらえればジワジワ来て、どんどん面白くなってくるかと。そんな風に何度も楽しんでいただけたら、嬉しいです。
目をそらすような、それでも目が離せないギリギリの緊張感 — 安藤裕章
『火要鎮』の演出を終えた後に、石井克人さんの企画書をもとに監督を担当することになりました。その企画書には石井さんのイメージイラストで「鬼vs熊」というプロレスファイト的な枠組みに女の子がいるというハイライトシーンが描かれていて、これが実に強烈な絵なんです。それをどうアニメーションにしていこうかというところから始まりました。
これは実に石井さんらしいバイオレンスの話なんです。人と人との間には暴力で強いたり強いられたりする関係が根っこにある。他者にすがることも、結局は暴力から逃れられない。それが描かれてるのではないかなと。「鬼」とは「外からの暴力」ですし、「熊」はそれに対する「内からの暴力」に相当します。その象徴的なふたつの暴力のぶつかり合いの話だという意味づけを考えました。石井さんは『GAMBO』というタイトルを「音の響き」で決めたそうですが、自分は「少女の破壊願望」という意味もふくめています。
「鬼」と「熊」の異形は石井さんのイラストをベースに膨らませて、人物のキャラクター原案は貞本義行さんにお願いすることことになり、短時間でしたが予想以上の的確で魅力的なキャラを生み出してもらえました。特に女の子はかわいらしくも生々しさを持ち、『エヴァンゲリオン』や『おおかみこどもの雨と雪』とも雰囲気の違うデザインになったと思います。貞本さんは時代ものに詳しく、日本刀に関してもいろいろと教えてもらいました。3Dキャラクターデザインの監修、動きの監修は作画監督の芳垣祐介さんですが、それも貞本さんの推薦によるものです。芳垣さんのテイストも加わって、よりかわいい印象がのこったと思います。
今回の舞台となった最上地方には友人がいたり、制作デスクが新庄の出身だったりして、実際に現地に行って取材もしました。曇りがちなのですが森は不思議な澄んだ感じで神秘的な雰囲気がありました。新庄の劇団『東北幻野』さんには仮プレスコのような形で、方言そのままの声を参考に収録させてもらっています。
美術監督は『火要鎮』と同じ本間禎章さんですが、戦国時代ということもあり、ハイコントラストでフィルムの銀残しをしたようなクラシカルで荒れた雰囲気をねらっていただきました。本間さんに注文は出してはいなかったのですが、上げていただいた美術ボードは学生のころより好きだったアンドリュー・ワイエスという画家の日差しの感じにも似たハイコントラスト感がバシッと出ているんですね。これには感動しました。本間さんからは「このころの夜空の星はもっと多かったはずだ」など、いろんな点で演出的な提案もいただいています。
今回、映像としてねらったのは、絵画的な雰囲気のままアニメーションとして動かすことです。自分の場合、その目的のためにCGはとても身近であり重要な道具です。CGI監督の小久保将志さんは『スチームボーイ』からのつき合いで、そうした意図をよく理解した画づくりのできる仲間です。それと坂本隆輔さんという若手のスーパーCGアニメーターが、バトルの部分を全面的に担当しています。彼は森田修平さんのもとで育ってきた人材ですし、やはり大友克洋さんの存在を中心に集まってきていると言え、サンライズ荻窪スタジオは人に恵まれたスタジオだと思います。
そして注目してほしいのは、短いながらもそこにただよう緊張感の部分です。石井さんの作品はいつも暴力表現が際どいラインにあって、「もう観てられない」という部分と、心をわしづかみにされて目がそらせない部分が縫いあわせたように、うまくミックスされていると思います。そんなギリギリの緊張感を楽しんでいただければと。そこで「暴力的だ」と否定されるのもいいし、肯定的にとらえられるのもいい。まずは観ていただいて、何らか心に残る作品になればと思っています。
最高のスタッフが結集して、大友克洋原作の衝撃を現在に — カトキハジメ
大友克洋さんと初めてお会いしたときに、「そんなに好きなら、君が『武器よさらば』の監督をやったらいい」という話になりまして、これは運というか縁だなと思って監督をすることにしました。
30年前、「AKIRA」よりも前に発表された大友さんの原作は、僕らの世代には忘れられない衝撃の作品で、それは後のさまざまな作品が「武器よさらば」のアイディアを引用してることからも明らかです。あの頃、渋めの作品が多かった大友さんが、いきなりエンタメ志向でSFアクションを描かれた。それだけでもすごいのに、プロテクションスーツの表現で「着る強化服」に一種の結論めいたものを出してしまったわけです。それまでパワードスーツ(PS)と言えば『機動戦士ガンダム』も参考にしたハインラインの小説『宇宙の戦士』でして、その挿絵でスタジオぬえが示した戦車的な硬くて重いタイプのPSのコンセプトがあったのみで(これも革命だったのですが割愛します)、アニメやコミックといったビジュアルでは、まだ誰もPSをちゃんと描いたことが無い時代だった。でも『武器よさらば』では『宇宙の戦士』とは異なる発想の、防弾チョッキを進化させたようなしなやかなスーツの系譜をいきなり作り出し、描写した。これはものすごいリアリズムと先見性だった訳です。今の若い世代にも僕らのあの衝撃を味わってほしいし、そこへいかに到達するかが最大のミッションでした。
それから読者はそれぞれ脳内で思い出補正して原作を記憶してるはずだから、「今の表現ならこのくらい」と行間を埋め、30年間で進化したミリタリー技術や映像の差分を調整するという作業になりました。たとえば敵メカのゴンクは詳細に描かれたコマばかりではないのに、しっかりと地面に立脚して暴れ回る姿として記憶していますよね。そんな原作の印象を、さらに塗り増しするように補強していく方向性です。また「エンタメだしカトキだし」という向きもありましょうし、できればプロテクションスーツを立体商品化したいという想いもありますので、スナイパータイプ、キャノンタイプといった装飾を加え。エンタメ的に楽しめるところは全方位的に足していくという姿勢で、原作に正面から向き合うということが大事だと考えました。
私は映像づくりが初体験でしたから、『スチームボーイ』から『FREEDOM』を経て9年間やってきたサンライズ荻窪スタジオの熟練のスタッフワークはありがたかったです。演出を担当してくれた森田修平さんを筆頭に、CGI監督の若間真さんやレンダリングチーフの大原伸一さんたちが、これまでの蓄積のすべてを投入しています。モニター画像も撮影のT2studioの力作ですし、美術は押井守監督作品で東京が舞台のバトルを無数に描いてきた小倉宏昌さんで、大友さんの線の感じを活かすという難しい要求にもよく応えてくれました。作画監督の堀内博之さんはスタジオに住みつくような感じで熱心に修正していましたし、エフェクトでも非常に多くのアニメーターに関わっていただいています。私はこれまで大友作品には全然縁がなかったのですが、「すごいとこに来ちゃったな」という良いアウェイ感を体験出来ました。
原作の印象を伝えるという点では、ラストに代表されるあの独特のニュアンスについても課題で、大友さんのテイストというのは、そうした部分も大きいですから。そんなときに大友さんから「短編は詩みたいなものだから」という言葉をいただきまして、僕なりの理解になりますが、言葉で意味を伝える散文に対し、厳選された少ない言葉が気持ちを動かすのが詩ということかなと。それが大きなヒントになりましたね。
原作を知らない方たちにどれだけリアルタイム組の気持ちを体験してもらえるかと努力した短編です。大友作品を長年作ってきたスタッフとスタジオが心血そそいだ最高の短編なので、ぜひその円熟した技術の結晶を楽しんでいただければと思います。
©SHORT PEACE COMMITTEE
©KATSUHIRO OTOMO / MASH・ROOM / SHORT PEACE COMMITTEE